捕鯨などによる食肉の問題を扱っていると、「ブタなどの畜産生物を食べているのに、どうして鯨やイルカはだめなのか?」という話題がのぼることがある。
それに対して「ブタは神様が与えた家畜で、鯨はそうではない」、というような話が出ることがあるが、このことについては食肉や捕鯨というより宗教的な色合いが強い。
ヒンズー教で牛が神聖な動物で食べるのがタブーなのと同じに、どちらかというとキリスト教的に「家畜でないイルカを食べるのはタブーだ」ということなのだと思う。
そういった事情もあるのでこのことについて特に論ずるつもりもないのだが、ただ畜産生物という意味で理由の1つにあげる人がいる限りは、もう少し深く掘り下げる必要があると思う。
畜産生物とは何なのだろうか?

畜産といって日本人がまず思い浮かぶのは、牛、ブタ、ニワトリの3種であろう。
先に答えを言ってしまうが、この3種は食肉としてみた場合にとても効率がよい生き物である。

まず第一に、食性が草食もしくは雑食であることがポイントになる。
極端な話になるが、肉にするという意味ではその生き物が肉食であろうが草食であろうがかまわない。
ライオンでもカバでも肉は肉、美味い不味いはあるだろうが相手が何を食うのかは問題ではない、捕まえて食べればよいだけの話である。
ただそれが、畜産となると話が違ってくる、何故ならエサをやらねばならないからだ。

仮に肉食動物を畜産生物としたらどうなるだろう。
その肉食動物…仮にライオンとするが、それを100kgなりの食肉がとれるほどに成長させる為に、エサとしてかなりの量の肉が必要になる。さらにそのエサの肉となる生き物の為のエサとして、草などが数tなり必要になってくる。
結果、畜産として肉食動物を食肉にすることは効率が悪いということになってくるのだ。

その点、牛、ブタ、ニワトリはとても効率がよい。牛は草を食し、ブタやニワトリは植物を中心に何でも食せる雑食だ。このことは食肉効率がとても良いと言える。
そのことを考えると、草食性のエサを食べてくれることが畜産的には大事なポイントとなるのだ。

また畜産に向いているかどうかには、その成長の早さや出産サイクルも大事なポイントになってくる。
生まれて大人になるまで5年や10年かかるようでは、とてもではないが食肉としての効率が悪すぎる。
さらに出来ることならば短いサイクルで子を産む、もしくは多産であることが望ましい。
肉食動物の場合、食物連鎖の上位にいる為に多産であること自体がまずありえない。また多くの場合、その成長には長い年月が必要であり、とてもではないが食肉として育てるにはリスクが多すぎるのだ。
では牛やブタ、ニワトリはどうであろう。
牛は短期間で大きく育ち、また1頭辺りの食肉とする部分が多い。さらに出産サイクルも早く為に効率が良いといえる。
ブタは多産で短期間に育つことから、牛以上に食肉として効率的な生き物であると言える。
ニワトリもまた成長が早く、非常に多くの卵を産むことができる。
つまり畜産生物としては、成長が早く多産である方が向いていると言えるのだ。

ここまでをまとめると、畜産生物には1つの法則があるとわかってくる。
草食もしくは雑食で成長が早く多産である生き物、それが畜産に向いている生き物ということだ。
それは食物連鎖における上位の生き物ではない生物、ということと重なる。
考えてみれば、牛もブタも食物連鎖上では肉食動物のエサとなる生き物である。ニワトリも然り、それどころか多くの畜産生物…羊、馬、ダチョウなどにも共通することなのだ。
つまり現在畜産されている生き物は、元々畜産に向いた資質をもっている生き物であり、さらには長年かけて人が人為的品種改良を重ねた生き物でもあるのだ。

だがここで幾つかの矛盾が出てくる。
現在食肉として国内でも繁殖されはじめているワニと、ハマチなどの養殖漁業の存在だ。

食物連鎖で上位に位置するワニは、畜産生物には向かないのではないだろうか?
たしかにワニは食物連鎖で上位に位置する生き物である。
しかしその生体は肉食哺乳類のそれとは大きく違う部分があり、その違いがワニ養殖が可能である理由ではないかと思う。
ワニは爬虫類で変温動物であり、エサや環境次第では哺乳類以上に急速に成長する可能性が高い。
また自然界では卵から孵化して成体になるまでの生存率はけして高くないが、人工飼育下ではかなりの生存率が期待でき生産効率も高くなることが予想される。
そういう意味を含めると、陸上肉食哺乳類よりもはるかに畜産生物としては可能性が出てくるのだ。

ハマチの場合は海の食物連鎖で中上位にいる生き物であり、他の魚などを捕食して生きている魚である。
したがってハマチ養殖では魚が主原料の配合飼料などを与えることとなるのだが、陸上の畜産とは違い漁業で捕獲できる魚類だけでまかなうことが可能である(これは言い換えるなら、陸上肉食生物でもエサとなる動物を相当数捕獲できれば畜産は可能ということでもある)。

そのことを考えると、畜産生物とは何らかの理由で人が育て肥育できる生物ということでもあるのだ。

では元のテーマに照らし合わせ、イルカを畜産生物にする可能性はどうなのだろうか?

イルカは肉食動物である、海の中の食物連鎖でも頂点に近い位置にいる生物であり、魚などを捕食して生きている。
そのことだけを考えるならば、水揚げされた魚での肥育も不可能ではないはずだ。事実水族館では飼育繁殖に成功している。
その水族館などで飼育例に上げると、イルカは1匹辺り1日に十数kgの魚を食するという。これは体重の5~10%ほどを1日に食するということでもあり、単純計算では1ヶ月に体重の2倍のエサを食べる、ということになる。
このことはあまり効率的とは言えないものであり、生産効率はけして高くはないと思える。

見方を変えて出産サイクルなどについてはどうであろうか。
イルカは一度の出産で少数の子を産み、その子が肉体的に成熟するまでには5年ほどかかる。牛がわずか2年で出産できる年齢に達することに比べると、かなり長い期間が必要だとわかる。
そういう意味でも、イルカは畜産生物としてあまり向いてないことがわかると思う。

それ以外にも畜産に向かない理由は幾つかあります。
イルカが水棲生物であること、これは人間にとってはあまり好ましい畜産生物ではありません。
水棲生物は陸上生物のように狭い場所で過密飼育することが難しく、比較的広いスペースが必要になります。
またイルカほどの大きさの生き物になると、陸揚げすること自体が難しい部分があります。
つまるところ陸に生きる人間にとっては、畜産する大型動物は陸上のモノが好ましいと言えるのです。

ならばイルカを畜産生物とすることはできないのであろうか?
答えはNO、イルカも畜産生物とすること自体は可能です。
ただその必要性がありません。
世の中には育てるのが難しいのに人工飼育等を目指すケースが少なからずあります。
しかしそれは美味であったり、十分な需要が見込めたりするからこそ行われることであり、全ての生物に当てはまるものではありません。
つまりはイルカはそういう意味では、イルカ食のない地域にまで好まれて食べられる程に美味しい食材ではない、ということです。

結論を言ってしまうと、
イルカは畜産生物としてはあまり生産効率がよくなく、また突出して美味というわけでもないので畜産にまでは至らない生き物であると言えると思う。
これはイルカの存在がどうとかよりも、人間の嗜好性や経済効率性の問題である。

ただここで1つだけ誤解して欲しくないことがある。
今回扱っていることは現代社会においてイルカが畜産生物として適当であるかという点であり、伝統的にイルカ漁を行っていることとは関係ないということだ。
伝統的にイルカ漁を行っている地域は、イルカ以外の動物性タンパクが乏しい地域がほとんどである。
そういう地域にとってはイルカはむしろ経済的、効率的に都合の良い生き物であるのだ。

これらの背景を理解せずに感情論に走ることが特にネット上で多く、それらによって一連のイルカ問題がより難解になっている部分は否めないと思う。
その点だけは誤解無きよう、この話題に興味を覚える全ての人に理解して頂きたいと思っています。

つづく

▼イルカシリーズ▼
肉食について~イルカから考える人の食文化~ その0
肉食について~イルカから考える人の食文化~ その1 イルカ漁は虐待行為か
肉食について~イルカから考える人の食文化~ その2 イルカ漁の問題点とその方向性
肉食について~イルカから考える人の食文化~ その3 続・イルカ漁の問題点とその方向性
肉食について~イルカから考える人の食文化~ その4 高等生物とは何か
肉食について~イルカから考える人の食文化~ その5 イルカの畜産生物としての適性について
肉食について~イルカから考える人の食文化~ その6 心と命